ウクライナ侵攻やホルムズ海峡閉鎖など地政学リスクが連鎖する現在、海外建設プロジェクトの工事現場では契約上の「不可抗力(フォース・マジュール)」をめぐるトラブルが急増している。FIDICの条項を正しく解釈していない建設会社が、工期延長や追加コスト回収に失敗するケースが後を絶たない。本記事では、その核心となる法的要件と現場担当者が取るべき実務対応をわかりやすく解説する。

地政学リスクがサプライチェーンを直撃:海外建設プロジェクトで今何が起きているか

ロシアによるウクライナへの継続的な侵攻、そしてホルムズ海峡の閉鎖懸念——この二つの地政学リスクが、海外建設プロジェクトのサプライチェーンに深刻な影響を与えている。資材調達ルートの寸断、輸送コストの急騰、納期の大幅な遅延が相次いで発生し、現場の施工効率は著しく低下している。

特に重機や建設機械の部品・燃料は影響を受けやすい。油圧ショベルやクレーン、ブルドーザーに使用する油圧部品や鋼材の調達が止まれば、工事そのものが立ち行かなくなる。こうした状況下で、多くの建設会社が「不可抗力」を理由に工期延長や追加費用の請求を試みるケースが増えている。しかし、国際標準契約であるFIDIC(国際コンサルティングエンジニア連盟)の条件では、不可抗力の主張が認められるハードルは想像以上に高い。現実には「戦争だから免責される」という単純な理解では通用しないのが実情だ。

なぜFIDIC不可抗力条項は厳しいのか:「prevented(履行不能)」の壁

FIDIC 1999年版レッドブック第19条、および2017年版レッドブック第18条(Exceptional Events)が定める不可抗力条項の核心は、「prevented(履行を妨げられた)」という言葉にある。この一語の解釈が、建設会社の明暗を分ける。

具体的に、建設会社がコスト回収や工期延長を勝ち取るには、以下の要件をすべて立証しなければならない。第一に、契約上の義務の履行が実際に「不可能」になったこと。単にコストが増加した、あるいは困難になったというだけでは不十分だ。第二に、その不可抗力事由が履行不能の直接原因であること。第三に、工期延長を求める場合は、当該事由が工程のクリティカルパスに遅延を発生させたことを、信頼性の高い工程分析(遅延分析)で示すこと。第四に、コスト回収を求める場合は、当該事由が契約で定める回収可能なカテゴリー(戦争・暴動・爆発など)に該当し、かつ費用の発生原因・金額が適切に立証されていること。

さらに見落とされがちなのが「通知義務」だ。不可抗力事由を認識してから原則14日以内に書面で通知しなければ、権利を失うリスクがある。新型コロナ禍でも示されたように、「困難になった」と「不可能になった」は法的にまったく異なる。このギャップが、建設業における不可抗力トラブルの最大の落とし穴となっている。

日本の建設会社・重機メーカーへの影響と実務上の示唆

日本の建設業も海外建設プロジェクトへの関与が深まる中、このFIDIC条項リスクは対岸の火事ではない。大手ゼネコンや重機メーカーの海外子会社、あるいはインフラ工事の受注企業は、多くがFIDICベースの契約を締結している。

特に中東・東南アジア・アフリカのインフラ工事では、ホイールローダーや油圧ショベルなどの建設機械のサプライチェーンが地政学リスクにさらされやすい。仮に部品調達が不可能になり工事が止まったとしても、「prevented」の立証と適切な通知なしには工期延長もコスト回収もできない。現場監督やプロジェクトマネージャーが契約管理の基礎を理解していないと、現場の苦労が法的な権利回収につながらないまま終わることになる。

また、購買担当者の視点では、建設機械の調達先を複数確保するリスク分散と、調達遅延が発生した場合のエビデンス取得プロセスを事前に整備しておくことが重要だ。安全管理と並んで、「契約リスク管理」を現場マネジメントの一環として組み込む動きが、海外展開する日本の建設会社には求められている。

今後の展望:地政学リスク常態化時代の建設契約管理

地政学リスクは短期間で解消する見通しがない。今後3〜5年は、ウクライナ情勢の長期化や中東の不安定化が続く可能性が高く、インフラ工事のサプライチェーン断絶リスクは慢性的なものになるとみるべきだ。建設DXやテレマティクスの普及で工事現場のデータ管理が高度化する一方、契約・法務リスクへの対応が追いついていない企業も多い。

今後注目すべきポイントは三つある。一つ目は、FIDICの2017年版への移行と「Exceptional Events」条項の実務解釈の蓄積。二つ目は、AI・クラウドを活用した工程遅延の自動記録・分析ツールの普及で、不可抗力立証の精度が向上する可能性。三つ目は、日本の建設業界における海外契約マネジメント人材の育成だ。建設機械の技術革新と同等の優先度で、契約リスクへの組織的対応が問われる時代に入っている。

よくある質問(FAQ)

Q: FIDICの不可抗力条項で工期延長が認められる具体的な条件は何ですか?

A: 工期延長が認められるには、「履行が不可能になったこと(prevented)」「不可抗力事由がクリティカルパスに実際の遅延を引き起こしたこと」「信頼性の高い遅延分析の提示」「14日以内の通知」の4要件をすべて満たす必要があります。困難になった程度では不十分です。

Q: ウクライナ戦争を理由にした不可抗力の主張は認められますか?

A: 戦争は不可抗力の典型例ですが、それだけで自動的に認められるわけではありません。「その戦争が原因で工事が履行不能になった」という因果関係の立証と、適切な期間内の通知が必須です。間接的なコスト増加のみでは認められないケースが多いです。

Q: 海外建設プロジェクトで不可抗力リスクに備えるために今できることは?

A: 事前対策として、①契約締結時にFIDIC条項の要件を法務と確認する、②重機・建設機械の調達先を複数確保してリスク分散する、③工事記録・遅延エビデンスを日常的にデジタル管理する、④不可抗力事由が発生したら即日記録して14日以内に通知する体制を整える、の4点が重要です。

まとめ

地政学リスクが常態化する中、海外建設プロジェクトにおけるFIDIC不可抗力条項の正確な理解は、建設会社の経営を守る上で不可欠だ。「戦争だから免責」という認識は通用しない。工期延長・コスト回収のためには立証と通知の徹底が必要であり、現場監督から購買担当まで組織全体で契約リスクに向き合う体制が求められる。最新の建設機械情報や海外インフラ動向は、ぜひkenki-pro.comで継続的にチェックしてほしい。

出典:When war is no excuse